1. 気管切開(TIV)を検討・導入する時期
気管切開は、非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)だけでは呼吸管理が難しくなった際に検討されます。具体的な目安は以下の通りです。
- 具体的な指標: NPPVや排痰補助装置(MI-E)を適切に使用しても、酸素飽和度(SpO2)90%以上、二酸化炭素分圧(pCO2)50mmHg未満を維持できなくなった場合が一つの目安です。
- 分泌物の問題: 球麻痺が進行し、唾液や痰などの分泌物の処理が困難になり、誤嚥や窒息のリスクが高まった場合は、より早期に開始が考慮されます。
- 待機的な導入の推奨: 呼吸状態が急変してからの「緊急的な気管切開」は、ご本人の事前の意思確認が不十分なまま行われるなどのトラブルが生じやすいため、呼吸不全に陥る前に余裕を持って「待機的」に導入することが推奨されます。
2. 気管切開を「する」「しない」の判断について
この判断は、患者さんご自身の価値観や人生観に大きく関わります(アドバンス・ケア・プランニング:ACP)。以下のメリットとデメリットを理解した上で、時間をかけて話し合うことが重要です。
- 気管切開を「する」場合
- メリット: 生存期間が大幅に延長します(特に若年発症で顕著です)。また、確実な呼吸管理と痰の吸引が可能になり、呼吸の苦しさが和らぎます。
- デメリット・課題: 呼吸は維持できても全身の筋力低下は進行するため、将来的に眼球運動も難しくなる「完全閉じ込め状態(TLS)」になるリスクがあります。また、自律神経障害や排尿困難、感染症などの合併症リスクへの対応や、24時間の介護体制(看護師やヘルパーの確保)の準備が必要です。
- 気管切開を「しない」場合
- そのままでは呼吸不全が進行しますが、医療用麻薬(モルヒネなどのオピオイド)や少量の酸素吸入を適切に使用することで、呼吸苦などの苦痛を最大限緩和するケア(終末期緩和ケア)が行われます。
【判断を支えるためのアドバイス】
- 決断は何度でも変更可能: 「する・しない」の決定は一度決めたら絶対というものではなく、病状の進行や気持ちの変化によっていつでも変更してよいものです。迷うのが当然であるという前提で、医師や看護師、医療ソーシャルワーカーなどと定期的に話し合いの場を持ちましょう。
- 急変時の対応(事前指示書の活用): 万が一、方針が決まっていなかったり「しない」と決めていたりする状況で容体が急変した場合、救急搬送先で不本意な気管挿管が行われてしまうことがあります。これを防ぐため、ご自身の意思を記した「事前指示書」や「診療情報提供書」を用意し、救急隊などがすぐに確認できる場所(冷蔵庫や玄関など)に保管しておくことが強く推奨されます。
3. 意思伝達装置(CA機器)の導入について
気管切開をして人工呼吸器をつけると、声を出しての会話は難しくなります(スピーキングバルブ等を使用できる場合を除く)。そのため、コミュニケーション支援は気管切開の有無に関わらず、発声や手足の動きが保たれている早い段階(準備期)から取り組むことが極めて重要です。
- 段階的な導入: 初期にはパソコンやスマートフォン、タブレットなどを使い慣れておくことが後の支援につながります。進行に伴い、透明文字盤などのローテク機器と、視線入力装置などのハイテク機器(意思伝達装置)を併用します。
- 定期的なスイッチの再評価: 病状が進行すると、これまで使えていたスイッチ(指や顔の筋肉など)が動かせなくなります。利用できなくなる期間を作らないよう、概ね半年ごとに作業療法士などの専門家による身体部位の再評価・調整を行い、次の段階の入力方法へスムーズに移行する準備が必要です。
- 究極の進行期(TLS)への備え: 万が一、随意運動が全くできなくなった場合に備え、脳波や脳血流量変化などの生体現象からスイッチ操作を試みる技術(サイバニクス技術など)も研究・実用化が進められています。
4. 総合的なアドバイス
- 多職種連携チームの活用: 医療・介護の負担は非常に大きくなります。医師だけでなく、リハビリ専門職(理学療法士・作業療法士・言語聴覚士)、訪問看護師、ケアマネジャー、MSWなどのチーム医療を活用することで、患者さんのQOL(生活の質)とご家族の負担が大きく改善します。
- レスパイト入院の活用: ご家族の介護疲れ(介護負担)を防ぐため、または機器の再調整や病状評価のために、一時的に医療機関に入院する「レスパイト入院」を病初期から計画的に利用することをお勧めします。
- 「食べる・味わう」楽しみの工夫: 気管切開や胃ろうを造設した後でも、誤嚥防止の手術(喉頭気管分離術など)を併用したり、姿勢や食事形態を工夫したりすることで、味わう楽しみを維持できる場合があります。
気管切開の選択は「ただ命を延ばすか」だけでなく、「その後の人生をどこで、誰と、どう生きたいか」を考えるプロセスです。ご本人の希望を最優先に、周囲のサポート体制を整えながら、納得のいく選択ができるよう医療・介護チームを頼ってください。
